やりすぎ

 書類仕事というのは私の能力を殺す最高の方法だと思うのだが、まあそうはいっても組織ではそれをやらなきゃはじまらないわけで、毎年度末にはいろいろ苦労するのだけど、とくに今回のミッションはなかなかタフであり、これまで経験したことのないような未曾有の事態に置かれている。この事態を打開するためには社会的ニーズに応える画期的・革新的創造的なイノベーションにより地域から社会へ、また社会から地域へといった公的パブリック・ユニバーシティ・プロジェクト(PUI)の推進であろう。書類の余白が多すぎるという憂うべき現状において我々が取り組むべきミッションは単なるサイエンティフィック・ペーパー・ライティング・タイム(SPWT)の拡充よりもむしろビューロー・ライティング・タイム(BWT)へのパラダイム・シフトへの脱却として認識することが可能であろう。ビューロクラシーのスパリオティーを最大限に活かすことが現代社会に求められる最大の責務であり、また組織理念上のマキシマイズすべき項目となると考えられ、実際にそのような取り組みがさまざまな公的機関で行われていることは一部の議論はあるものの評価すべきではないかと思われる。また事務員さんとのソーシャリティ・コミニュケーション・スキルを最大限に発揮することにより省略できる書類があったりするのでここは意外と侮れない。ただ個々人は改行すらおぼつかない、ランダマイズにセル結合されたエクセル書類の余白を淡々と埋めるしかないという現状を甘受するだけではなくそれを次世代に伝える、いわばヒューマン・タイプ・次世代伝達プラン(HTNTP)の構築を社会的に継続することが重要であることは言うまでもない。このような画期的な取り組みをすることにより組織はアウトデイテッドな方向へ推進することができるだろう。

 

いかん。もう限界かもしれん。

 

 

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(再掲)

なげーよ

昔の自分の原稿を書き直しているが、いつ果てるともしれない長期戦になっている。とにかく延々と長いのをほとんど切り捨てている。

簡潔な文章を書くように心がけてはいるが、それは僕には難しいとわかる。とにかく同じようなことが手を変え品を変え何度も出てくる。これを実生活にあてはめてみると、老後はとてもいやがられる爺になりそうで本当に怖いのである。

 

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(再掲)

 

迎春

 遅くなりましたが、今年もよろしくおねがいいたします。

 去年は息子も生まれ、論文も出版することができ、慌ただしくも充実した一年だったと思います。

 今年は遅筆を直さないといけません。日頃の雑務の中ではあまり気力が続かないので、毎日何時間と決めてコツコツ書くタイプです。この方法は確実に執筆が進む反面、途中で当初の興奮が冷めてしまうことがあり、そのようなときは筆も進まないし、私の感動や面白いと感じた点があまり伝わっていないのかなと感じる時もあります。面白い発見は出ているので、もう少しスピードアップを計りたいところです。

 あわせて、このブログの位置付けを考えないといけません。開始当初に比べて置かれている立場やSNSの普及などの事情が変わりすぎました。少し中途半端になっているようです。おカタくなりすぎているということです。

 

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(再掲)

 

1年のうちで一番憂鬱な月(現実逃避、泣き言)

10月です。

これはもう、誰がなんといっても10月ですね。○ねばいいのに。

 

 科研の申請書が一向にはかどらないし、どーせ受からない(出さなかったらペナルティ)と思うと、この涼しい季節に論文原稿だってもっと書けるのに、という泣き言の1つや2つも言いたくなるわけです(締切に追われる作家にならなくてよかった)。

 とはいえ、毎年懲りずに少しは期待するもので、いろいろリサーチはしてみるわけですね。でもさすがに15年(学振含む)もだめだと、申請書を書く能力がないと言わざるを得ません。モチベーションの低下から、今年はまだ完成すらしていません。完成させるかどうかもわかりません。

 

 私の人生は別の方向で学術に貢献できればと思っています。今生で周囲に理解されるのは諦めています。

 

 (クソー、通りたいなあ。)

 

PS

申請書より(普通の)論文のほうがずっと簡単ですね。

難易度: 採択される科研の申請書 = 一流誌に乗るような優れた論文原稿

(思い込み)

 

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コムラサキ 2018.10.19, M植物園

 

 

 

 

サルバドール・タリを悼む

去る9/27、サルバドール・タリが亡くなった。新聞のベタ記事で読んで一瞬固まった。

寺山修司の実験映画群の主力俳優であり、『田園に死す』では兵隊バカ(←役名)を好演した。『田園』のラストシーンは名台詞とともに、度肝を抜く仕掛けで青年時代の私の心を鷲掴みにした。

『田園』がプログラムにあったかどうか覚えていないが、京都のみなみ会館で短編映画集を観たのを思い出す。

 

いまは youtubeでそれらの映画を見ることができる。時代は変わったのだ。

そしてサルバドール・タリwikipedia にも項目はない。

このまま記憶に残る俳優の一人として埋もれていくのだろう。この時代の俳優たちは、そのほうが格好いい気がする。

 

 

 

 

いつものやつ

これは……いけてない気がする。いけてない気がするものはたいていいけてない。

それってあなたの材料に限った話ですよね?あなたの感想ですよね?とか思われた時点で”即死”する類の書類なので、いやいや普遍性のある話なんですよと書いてみるが、やはり少し苦しいか。初動の遅れは響いた。

 

これまでの戦績を見ても私は物事を面白く書く才能はないらしいし、もうその能力はそれほど伸びることもないだろう……と弱気になってくる。

だが、もう少し粘ってみようと思う。

 

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先週の野外実習(水生昆虫の観察)もさほど気晴らしにはならなかったようだ。

on the other hand

英文を書いていていつも困るのは、日本語の「一方で」を表わす適当な言葉がないことだ。

 

On the other hand

 

はよく使いがちだが、私が英文校正で直されるワードの上位ランキングに入るだろう。

 

× Mites are so cute. On the other hand, spiders are far from cute.

ダニはかわいい。一方、クモはかわいくない。

 

上のように日本語の「一方(で)」のつもりで書くとまず直される。But, howeverなんかにしろといわれる。

 

Mites are so cute. However, spiders are far from cute.

Mites are so cute, but spiders are far from cute.

ダニはかわいい。しかし、クモはかわいくない。

 

なんやねん。そしたら on the other hand はいつ使えばええねん。オンラインの辞書サイトから拾ってみよう。

 

(On the one hand) food was abundant, but on the other hand water was running short.

 食べ物は十分だ。一方、水は不足してきた。

 

Peter is very talented. On the other hand, he’s also very lazy.

ペータは才能がある。一方で、彼はすごいなまけだ。

 

 おわかりいただけただろうか(何をだ)。

 

前者の例はダニとクモという全く異なるものを比較しているのに対し、後者の辞書の例は一つの状況や人のある面と別の面を比較しているのである。On the other handは原則後者の場合しか使えないと先生はおっしゃる*1

 しかし、よく見てみると、上の例文の1番目は on the other hand はなくても意味は全然通じるし、2番めは and か butで置き換えればよい。

 というわけで、on the other hand を使わなければならないような場面は相当少ない感じがしている。とはいえ、つい書いちゃいますね。

 

 In contrast, by contrast, on the contrary などあるが、これも結局校正で直される。辞書を眺めると、

 

He is talkative and funny, whereas his father, by contrast, is solemn and quiet.

彼はおしゃべりで陽気だが、彼の父親は対照的に物静かで無口です。

 

 これなんかは私が言いたいことに近いかもしれないが、これなら別にby contrastなど入れずに下の文にしてもよいだろう。

 

He is talkative and funny, whereas his father is solemn and quiet.

彼はおしゃべりで陽気だが、彼の父親は対照的に物静かで無口です。

 

 そういうわけで、however, but, though(although), whereas(while), similarly などのシンプルな接続詞や副詞を柔軟に組み合わせて、お望みの意味を出すしかないというのが今のところの結論である。

 

 

それにしても……こういう細かいところを追求して文章をいじくると、元よりどんどん不自然な感じになっていく気がするのはなんなんでしょう。

*1:グレン・パケット『科学英文の英語用法百科』京大学術出版, 2004