紹介 父を怒らせたい

最近は本の紹介が滞っている。体調がすぐれないのに加えて、小説やコラムを毎晩読んでいるのにあまり面白いと思えるものに巡り合えないのだ。そんなものを紹介するのも憚られるので、やむなく以前読んだ漫画を紹介させていただく。

DV父が癌に侵され、寝たきりになった状態で娘がとる復讐が「怒らせる」という発想が斬新だった。ほんわかした絵と関西弁に加えて、読み進めるにつれて父の若き日が明らかになっていく。脇役のバイト仲間や、引きこもりでゲーム三昧の酒屋のボンもいい味を出している。父を怒らせるという小規模な復讐が成功するか、読んでみてほしい。人間は誰でも不完全だ。

紹介 スクイッド荘の殺人

スクイッド荘の殺人 烏賊川市シリーズ (光文社文庫)

今日は風邪気味で一日中布団の中。東川篤哉の『謎解きは……』は後回しにして、平積みの新刊のほうを読んでみました。

うーん……正直なところ、文体が若すぎて、ノリについていけない部分が多かったです。もともとエンタメ系だとわかっていたので自業自得ですが、僕には「小説はストーリーの面白さで勝負するべきだ」という持論がありまして、本多勝一の言う“文章自体が笑っている”ような文体は苦手でした。あと、年寄りが若者言葉を使うとかハチャメチャなところも評価が分かれるでしょう。

そもそも「イカ」にこだわる理由がよくわからないうえに、登場人物の描写が浅いためか、トリックにもカタルシスを感じられませんでした。そのあたりで星を一つマイナスしたい。

全体として、少し疲れる読書体験になってしまいました。この作者のノリはきっと短編集のほうで光るんでしょうね。今度はそちらに挑戦してみます。

紹介 世界は進化に満ちている

 

つねづね、簡単な本をたくさん読むことの大切さを学生に説いているのだが、本書はまさにそれにぴったりの一冊だ。おそらく、シンプルな進化の原理を、これほど身近な例で解説した進化の本は他にないのではないかと思う。

著者は、「進化とは集団の性質が変わることである」と明快に述べ、適応進化の重要性を語る。そして、進化の帰結が人間には容易に予測できないことを、具体例を通して紹介する。

本書の大きな特徴は、人間活動が生物進化に与える選択圧に焦点を当てている点だ。たとえば、有名なオオシモフリエダシャクの工業暗化の例に始まり、ゾウの牙の縮小、魚の成熟年齢の変化、花の色の進化、さらに都市化に伴う光、高温、騒音への適応など、多様なトピックが展開される。

扱うテーマが多く、ページ数も限られているため、人によってはやや物足りなく感じるかもしれない。しかし、引用文献は豊富で興味をかき立てられる内容であることは間違いない。進化が現在進行形で起こっていることを、身近な事例を通して実感できる一冊である。

紹介 ダーウィン

ダーウィン 「進化論の父」の大いなる遺産 (中公新書)

 

本書はダーウィンへの深い敬愛に満ちた一冊である。ダーウィンの経歴は、そのあまりの業績の多さゆえに複雑になりがちであり、また彼の著作も、ヴィクトリア朝特有の回りくどい修辞に彩られていて、翻訳を通してもなお現代の読者には読みにくい。結果として、その偉業の真価が一般読者には伝わりにくかった側面がある。

しかし本書では、あとがきにもあるように、著者が科学史家ではなく進化生態学者であることを活かし、思想史的な背景を必要以上に述べることなく、ダーウィンの生物学的関心の変遷を平明に描き出している。そのため、進化論に馴染みのない読者にも直感的に理解しやすい構成となっている。

まずは口絵に掲載された図版に注目したい。ダーウィンが分類したサンゴ礁の分布図は、彼の鋭い観察力と推論能力を如実に示すものである。また、ダーウィンが予測した特定の蛾による花粉媒介を証明する、蜜袋の異常に長い距をもつ花の写真も非常に興味深い。

本文では、神学・医学の道を断念し、ウェッジウッド家の支援を受けて航海に出た青年時代、ビーグル号での体験がいかに彼の進化論構想へとつながったか、また『種の起源』刊行後の反響、真髄ともいえる性淘汰の着想、晩年の植物やミミズ研究に至るまでが平易な語り口でまとめられている。息子フランシスによるムジナモのスケッチと、牧野富太郎による写生が驚くほど酷似しているエピソードも胸を打つ。

改めて驚かされるのは、ダーウィンが築いた人的ネットワークである。書簡で人脈を広げ、知識を交換する姿勢は、現代におけるSNSでの発信と通じるものがある。ひとりを好んだというダーウィンだが、その書簡の量を思えば決して孤独ではなかったのだろう。

彼は遺伝学が確立していない時代に現代の進化学の考え方を発明した点で素晴らしいのだが、SNSの利用など現代の研究活動との関連を比較して論じている点に類書にはない新しさがあると思った。

 

 

紹介 そして奇妙な読書だけ残った

 

「サブカル、サブカル」と安易に言われる昨今、その大衆化には首を傾げざるを得ない。少しでも平均からズレればすぐにサブカルと称される現代の風潮に、どこか釈然としないものを感じるのだ。80年代頃のサブカルはもっと仲間内だけで共有する密かな愉しみだった気がする。それが今やファッションとして闊歩するのは、やはりどこか違和感がある。

別冊宝島などが隆盛を誇った頃のサブカルは、もっと多様で刺激的だったように思う。オウム事件のような危ない特集が、多くの雑誌で当たり前のように扱われていた時代だ。私のラフな文章も、当時無意識のうちに触れたサブカルの影響を大きく受けている。もっとも、どっぷり浸かっていたわけではないのだが。

本書はオカルト本に造詣の深いオーケン先生が『本の雑誌』に連載した書評を集めたコラム集である。彼のオカルトに偏った読書傾向と驚異的な読書量にはただただ圧倒されるばかりだ。個人的には、筋肉少女帯の音楽以上に、彼の文章の面白さに惹かれる。そして、よくもまあこれほどまでに奇妙な本を発掘できるものだと感心する。オーケン先生が育ち、ヘンテコな本を見つけてきたであろう下町の本屋も、古い店は次々と姿を消し、大型書店では売れ筋の本ばかりが並ぶようになったのだろう。それは、かつてのサブカルの衰退を象徴するようで、寂しさを覚える。空港で目にするビジネス書の平積みには、本当にうんざりしてしまう。ライトな本が売れるのは、時代の流れなのかもしれないが。

収録された本の紹介を読むと、オカルトの素養がない私には難解な部分もあるものの、その世界には尋常ではない人々や書物が確かに息づいていたことがわかる(できれば関わりたくはないが)。有名な話として紹介されていた、喫茶店でコーヒー用のミルクを水に入れて飲んだり、レモンスカッシュを大声で注文したりする宇宙人のエピソードは、一生知らなくても困らない知識だが、どこかユーモラスで面白い。本で紹介されていた、寺山修司が実は生きていて地下アイドルをプロデュースするTRY48の本は、ぜひ読んでみたい。過ぎ去った時代への郷愁とともに、変容していくサブカルの姿を見つめるオーケン先生の文章は、かつての熱気を知る者にとって、共感を覚えるだろう。

 蛇足ながら、yorinukikatsuraがおすすめするライトなサブカル本は、都築響一氏の『夜露死苦現代詩』である。病人や老人病棟の独り言を詩にするなど、不謹慎極まりない内容だが、今の私には、このようなアングラな感性を受け入れるだけの知的体力や寛容さが残っているだろうか。私が点取占いを書き始めたのもこの本の影響が大きい。

夜露死苦現代詩 (ちくま文庫 つ 9-7)

(原文をGeminiに添削してもらいました。)

紹介 死の貝

 

日本住血吸虫という名前からして、どこか恐ろしい印象を受ける。この本は、本種による寄生虫病の発見と克服の歴史を描いたノンフィクションである。

日本住血吸虫症は、カワニナよりも小さいミヤイリガイを中間宿主とする吸虫によって引き起こされるが、かつてはその病原がまったく分かっていなかった。医学者たちの研究によってようやく寄生虫病であることが判明したのである。「水田で足がピリピリする」という現象から吸虫の正体を特定するのは、さぞ困難だったことだろう。経口感染の可能性も疑われる中、実験用のイヌを水につけて感染の有無を確かめるという地道な実験を重ねた結果、経皮感染(皮膚から寄生虫が侵入すること)の経路が解明されていった。その努力には頭が下がる思いがする。

日本住血吸虫症は、遠い昔の風土病という印象があるが、実際には2000年ごろになってようやく日本全土で終息宣言が出されたというのは驚きである。

生態学の観点から特に印象的だったのは、終章で述べられていたコンクリート三面張り(護岸整備)との関係である。護岸工事が進んだ結果、ミヤイリガイの生息地はわずかに局所的な個体群が残るのみとなった。しかし、その一方で、日本の河川域の隅々にまで護岸が施されるという代償を払うことになった。

現在では吸虫類が根絶されたこともあり、自然植生を残す護岸が推奨されるようになったが、かつては植生が中間宿主のハビタット(生息環境)となる可能性があったため、感染症対策の観点からは悩ましい問題だったことが想像される。

海外では、日本のような徹底した対策が可能な地域ばかりではなく、今後も根絶には大変な努力が必要とされる。こうした基礎的な研究分野において、日本が貢献できることはまだまだ多いはずである。

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紹介 酒は人の上に人を造らず

 

 

酒場詩人であり、テレビ番組『酒場放浪記』で居酒屋を飲み歩く姿で知られる吉田類さんの著書。酒にまつわるエピソードを集めた紀行エッセイ集だ。単なる飲み屋巡りの話にとどまらず、画家を目指していた過去の体験談や趣味の山行についても語られており、著者の背景を知る上で興味深い一冊に仕上がっている。

意外だったのは、著者が驚くほどの博識であり、野生生物に関する知識も豊富なことだ。酔い覚ましに歩いた藻岩山で、エゾリスが減り、アメリカミンクが増えていることを嘆く場面がある。野生動物が豊かな仁淀川町の出身ということもあり、自然に対する感覚が鋭いのだろう。

「いい酒は、いい酔いに満たされる。酒樽の注ぎ口の奥に垣間見た闇。それは無限の宇宙ではなかったろうか。」

「誰かの通る気配で目覚めると、視線の先に月見草が一輪。「酔ふきみの仕草や風に月見草」あれはいつのことだっけ……。

「酔えば虚と実の”あわい”をさまよい、ランダムに記憶を喪失する。(中略)酒は、時空を自在に浮遊する息吹を魂に吹き込む妙薬である。」

その表現は豊かで美しい。傍から見れば単に記憶を飛ばしているだけかもしれないが、それすらも美しい営みだったのかと、改めて気づかされる。

ということで、私も安心して一杯いただくとしようか。

紹介 生物部な毎日

 

 

まだ著者がアナウンサー時代のもの。少し古くなったが、大学の先生に文章とプレゼンを褒められた体験があるだけあって読みやすい。ジュニア新書ということもあり、植物の全数調査やジオラマ作り、貝類の調査に明け暮れた大学時代、局アナ時代の失敗などの体験談が豊富で飽きさせない構成になっている。その反面、個々の研究の詳細は多少物足りない。難しい内容でも興味があれば中高生はついてくるものだから、これだけ苦労した調査内容、もう少し書いてもバチは当たらなかっただろう。もっとも著者の研究はまだ続くようでなんかの機会に聞くこともあるだろう。

常日頃、教え子にはジュニア新書くらいのやさしい本をたくさん読みなさいと言っているのだが、なかなか実践してくれない。このような面白い生物の本が増えてくれるのを望んでいる。

紹介 特殊害虫から日本を救え

特殊害虫から日本を救え (集英社新書)

本を手に取ると、まず目に飛び込んでくるのは「林修氏推薦!」というインパクトのある帯。そして数ページめくると、故・伊藤嘉昭先生の写真がドンと掲載されており、思わずのけぞってしまう。

本書は、ミカンコミバエ、ウリミバエ、アリモドキゾウムシの根絶に関する話が中心だ。著者自身が沖縄で防除に携わった経験をもとに、その苦労が生き生きと語られる。応用昆虫学の分野では必読書と言っていいだろう。

特に興味深いのは、農業害虫を「低密度に抑える」という総合的防除の考え方が広く定着している中で、「根絶=ゼロにする」という試みがどれほど挑戦的なものかが描かれている点だ。侵入害虫ならまだしも、土着の害虫を根絶するのはほぼ無謀とも言える。現場でミバエの寄主植物が絨毯のように生い茂る状況に直面しながらも、誘引捕殺や不妊虫放飼を根気強く続け、目標を達成したチームの努力には心から敬意を表したい。

一通りの事例が紹介された後、話は「選択と集中」へと展開する。SNSでこの方針を批判するのは簡単だが、長年にわたり生態や行動の基礎研究を積み重ねてきたからこそ、有効な根絶手法を確立できた。その著者の言葉には重みがある。

さて私自身、ウリミバエやアリモドキゾウムシについて講義で扱う機会は非常に少ない。専門科目の「病害虫管理学」は、現場をよく知る教員の退職に伴い、今年で廃止となってしまった。その結果、農学部の学生ですらウリミバエ防除の話はもちろん、代表的な病害虫の知識も「どこかで聞いたことがある」まま卒業していく。このままでは、プロジェクトXのように「誰も知る人もなく、みんなどこへ行った」となりかねない。せめて土着の害虫について学ぶ機会を増やしたいと思うが……教員の忙しさを考えると、それも容易ではないのが現実だ。自分にできることはやはり、小さなことでも論文にするという地道なことしかないのだろうか。

紹介 ダーウィンの進化論はどこまで正しいのか

 

 

 はてさて、このタイトルは挑発的である。アンチ・ダーウィニストを喜ばせるには十分である。販売戦略的にはそこが狙いなのかもしれない。しかし、内容はいたって正統な進化学の手ほどきであるので、購読者はいささか面食らうかもしれない。

第1章ではDNAの構造から突然変異、ダーウィンの進化論から総合説について簡潔に述べられる。これは古典的な内容で、生物学を学んだ読者なら知っている人も多いだろう。

しかし、第2章は最新の知見を取り入れた、かなり歯ごたえのある内容だ。突然変異率そのものの進化、進化の結果としての多様性(あるいは弱有害突然変異)の維持、エピジェネティク遺伝はラマルキズムに通じるのか、などのコアなテーマを扱う。私も読み進めるのに相当時間がかかった。

第3章が一番いいたかったことだろう。「生物は種の保存のために進化するか」という古くから続く(不毛な)議論である。生態学をやっているとしつこく現れるテーマなのでここでは触れない。以下のサイトで内容は説明されているし、そこでエッセンスは十分言い尽くされている。しかし、以下のモデルはかなり複雑なので、この結論には賛成だが、モデル自体の妥当性は私には判断できないことを申し添えておく。本書では利己的遺伝子という言葉についても解説している(ただし、この言葉の使用はトランスポゾンに限るべきという筆者の意見には、生物を遺伝子の「乗り物」とみなす概念を矮小化すると思うので私は賛成しない)。note.com

第4章は、遺伝子頻度の変化という小さな変化で大進化が説明できるかという問題を、遺伝子間のネットワークを踏まえて扱っている。遺伝子のところはあまり理解できなかったが、中間形質の役割や、形質の「使い回し」、種分化の最新の知見については勉強になった。ただ、種分化には複数アレルが必要だというモデルの前提はもう少し説明してほしかった。

 

全体として、広大な進化学の範囲をよくまとめたと思う反面、最新の知識をあまりに詰め込んでいるので、多くの読者にとっては難しい(ノイズが大きい)と感じるはずである。第3章「自然選択とは何か」を核に読み進めてみるのはどうでしょう。