
ダーウィン 「進化論の父」の大いなる遺産 (中公新書)
本書はダーウィンへの深い敬愛に満ちた一冊である。ダーウィンの経歴は、そのあまりの業績の多さゆえに複雑になりがちであり、また彼の著作も、ヴィクトリア朝特有の回りくどい修辞に彩られていて、翻訳を通してもなお現代の読者には読みにくい。結果として、その偉業の真価が一般読者には伝わりにくかった側面がある。
しかし本書では、あとがきにもあるように、著者が科学史家ではなく進化生態学者であることを活かし、思想史的な背景を必要以上に述べることなく、ダーウィンの生物学的関心の変遷を平明に描き出している。そのため、進化論に馴染みのない読者にも直感的に理解しやすい構成となっている。
まずは口絵に掲載された図版に注目したい。ダーウィンが分類したサンゴ礁の分布図は、彼の鋭い観察力と推論能力を如実に示すものである。また、ダーウィンが予測した特定の蛾による花粉媒介を証明する、蜜袋の異常に長い距をもつ花の写真も非常に興味深い。
本文では、神学・医学の道を断念し、ウェッジウッド家の支援を受けて航海に出た青年時代、ビーグル号での体験がいかに彼の進化論構想へとつながったか、また『種の起源』刊行後の反響、真髄ともいえる性淘汰の着想、晩年の植物やミミズ研究に至るまでが平易な語り口でまとめられている。息子フランシスによるムジナモのスケッチと、牧野富太郎による写生が驚くほど酷似しているエピソードも胸を打つ。
改めて驚かされるのは、ダーウィンが築いた人的ネットワークである。書簡で人脈を広げ、知識を交換する姿勢は、現代におけるSNSでの発信と通じるものがある。ひとりを好んだというダーウィンだが、その書簡の量を思えば決して孤独ではなかったのだろう。
彼は遺伝学が確立していない時代に現代の進化学の考え方を発明した点で素晴らしいのだが、SNSの利用など現代の研究活動との関連を比較して論じている点に類書にはない新しさがあると思った。