紹介 生きのびるための事務

 

このブログもだいぶ間が空いてしまった。この本はタイトルからしてインパクトがある。「生きのびる」と「事務」という対極にあるものを結びつけたのが面白い。

 中身はマンガで、ざっくりと言ってしまえば事務を仕組みづくりと考えようというもの。こう言ってしまえば凡百の自己啓発本と同じになってしまうのだが、著者本人の型破りな生き方と、頭の中の「ジム」が漠然とした夢を持った主人公に事務の大切さを訴えることで、不条理な感じがうまく演出されている。ジムは「将来の現実に楽しくないことは1秒も入れないでくださいね。」とか「将来の夢とか、マジでどうてもいいの分かります?」とか身も蓋もないことを言うが、ときどきウンウンと頷けることを言う。ただ、これまでの著者の本(あまり読んでいないけど)に比べると少し理屈っぽいとは感じるかと思うし、凡人がこの本に影響されすぎたら大ヤケドをしそうな気がする。いままではフランクな口調でまくしたてるような本が多かったので、そこらへんは正直戸惑いを覚えたのは確か。

 ともかく、これは本当は事務をやるための本ではなく(少なくとも普通の意味の「事務」では)、自分が幸せになることばかりするという前提で、そのための「事務」的な考え方の本なんだなと考えると気楽に読めると思います。実際読みやすいし、研究をやる人も一読しておいて損はないかなと思います。霞を食って生きているような仕事ですからね。

 



 

紹介 キツネを飼いならす

キツネを飼いならす:知られざる生物学者と驚くべき家畜化実験の物語

あらすじ:

イヌ科のうち家畜化されたのはイヌだけではなく、キツネもそうである。人為的に家畜化する試みは、ルイセンコの悪夢の時代を生き延びたベリャーエフが推進した(兄は粛清を逃れられなかった)。すでにある程度の実績をあげていた彼は、シベリアの凍える大地にある研究拠点でキツネの人為選抜を推進した。彼に協力した著者リュドミラはキツネを選抜することに成功した。キツネに訪れた変化はイヌのそれと酷似していた。人間に尻尾を振り、おもちゃをくわえて遊び、耳は垂れ、鼻は短くなった。繁殖期も野生からずれていった。驚くべきことに、こうした性質の一部は10世代もしないうちに現れた。著者の献身と詳細な記録のおかげで、この変化は科学的に大きなインパクトを残した。

 彼はホルモンが分泌されるタイミングが家畜化のプロセスに重要だと考えていた(ネオテニーによる家畜化?)。それを検証するための逆方向の選抜が気が重い仕事だったことは容易に想像できる。飼育員は野生より攻撃的にする選抜をやりたがらなかったが、なんとか人を恐れる系統も作ることができた。ホルモンが関与していることは明らかになった。

 彼は1985年に死んだ。直後のペレストロイカで国内の食料事情はめちゃくちゃになり、彼らが育てた多くのキツネは餓死した。彼の死後、次世代シーケンサーによるゲノム解析でイヌと同様の遺伝子の変化が多数発見されている。

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紹介 統計分布を知れば世界が

今年も雑多な本の感想やらなんやらをボチボチ更新していきますので、どうかよろしくおねがいします。

 正規分布、べき乗則、対数正規についてコンパクトにまとまっている本である。とくに、対数正規分布を真面目に取り上げている本はあまりなかったような気がする。世の中の物事は乗算過程を経て決定されるものが多いのに、加算性(相加性)をもとにした正規分布をベースとするのはなぜなのか、そのおかしさについての問題提起は確かに新鮮味があった。積み上げグラフでべき乗則と対数正規のパターンが一目瞭然になる様も興味深いものであった。

 しかし、厳密な話を期待していた読者はやや肩透かしを食うかもしれない。身長は正規分布、体重は対数正規分布という話が最初に出てくるが、どうしてそうなるのかは物理学者の面目躍如という場面なのに、もう少し数式を使って説明してもよかったのではないだろうか。

 後半は筆者の社会哲学が全面に押し出されているが、これも経済的な裏付けについても数式をつけたほうがかえってわかりやすいような気がした。全体的に、これからおもしろくなりそうなところで「寸止め」を食らっている感じがした。

 そういうわけで、数式がほとんど出てこずに難易度は岩波ジュニア文庫でもいいくらいのもので、興味のある読者は比較的簡単に読むことができるだろう。今後のデータ解析について対数正規についてもう少し意識する必要がありそうであるし、私的な研究にもよいかもしれない。

 

紹介 巨大おけを絶やすな!

巨大おけを絶やすな! 日本の食文化を未来へつなぐ (岩波ジュニア新書 962)

 小豆島の醤油は本当にうまい。四国に住んでいるからそれはよくわかる。しかし、発酵過程に伝統的な木の樽を使って熟成している蔵は全国的に少なくなってしまった。この本では醤油の蔵元が使っていた桶が破損してから、桶を自分たちの手で再生して地域おこしをする過程がいきいきと描かれている。とはいえ言うは易し、行うは難しで、巨大樽をイチから作るとなると最初は技術習得から始めてとんでもない時間がかかったはずである。しかし、何個か桶を作っているうちに制作に慣れてきて、全国から桶を復活するプロジェクトを起こすまで成長させたとある。本当にすごい。まずは地元の人を動かすことがとてもむずかしかっただろう(高齢化しているし)。わざわざ品質にむらの少ないステンレス製の桶で醸造する機材を導入したのに、改めて木桶づくりに参加するモチベーションは当初は決して高くなかったはずである。

 発酵は日本の食文化に根ざしたもので、生物学や農学に関係が深い。身近なカビのちからを再発見できる好著である。

 

紹介 パディントン発4.50

 

再読。本作のマープルは徹底的に安楽椅子探偵を決め込んでいる。列車の並走時に殺人が見えたという友人の話から、沿線の大屋敷に目をつけ、遺産相続の話を聞いて真犯人を炙り出す瞬間は芝居的で見応えがある。柩の中の遺体が誰かわかった人は相当読み慣れた人だろう。古典的なミスリードかもしれないが、私はすっかり騙されてしまった。代表作なのも頷ける。

紹介 寄生虫を守りたい

 

寄生虫(とくに吸虫)への偏愛に満ちた本である。読みやすくてユーモアに溢れており、楽しそうな様子が伝わってくる。私は冬場に湖沼に集まったカモの観察を楽しんでほっこりするのだが、そのような光景を見てカモの糞便から貝類に移行する寄生虫にワクワクしたことはない(普通はそうだと思う)。たしかにそう考えると寄生虫ほどうまく他者を利用している生物はない。

 馴染みの深いアニサキスの標本の作り方も簡潔に書いてあるので(おすすめらしい)、今度魚をさばくときには消毒液を準備しておきたい。もちろん身は晩酌の肴になるだろう。

 正直なところ吸虫は気持ち悪いと思っていたが、この本を読んだ後では遊泳するセルカリアへの愛も芽生えるかもしれない。知らんけど。この本で紹介されている目黒寄生虫館は数年前に一度訪れた(確かマイルがたまっていたのだ)。意外とこぢんまりした建物だったがまた訪れたくなった。

 本書では鳥類に寄生するfeather mitesも言及されている。そういえばハダニは一応植物の寄生者であるが、あまり寄生という表現は使わないのはなぜだろう。『寄生虫進化生態学』によると、生態学者のPriceは植食者を寄生者に含めているそうだが。水圏の寄生虫に比べると形態的なダイナミズムに乏しいのは否めない。ハダニがホストによってグロテスクに変形したらもっと人気が出るのに、と惜しい気持ちになる。

紹介 晩酌の誕生

晩酌の誕生 (ちくま学芸文庫 イ-54-4)

 大昔は酒盛りは神事と結びついていたが、時代が下るにつれて家飲みがさかんになっていき、江戸時代ともなると今とあまりかわらない酒が嗜まれた。本書ではお江戸の晩酌事情が細かく紹介されている。江戸の風俗画が豊富なので目にも楽しい。酒の肴として欠かせない刺身やおでんを町民が楽しんでいる様子が目に浮かぶようだ。

 江戸時代の特徴は年間通じてもっぱら燗酒だったことだそうだ。冷酒もあったが胃腸を冷やすとしてあまり勧められなかったらしい。当時はすでに現代のような寒造りがメインとなり、地方の酒蔵から江戸に向けて廻船で輸送されていた時代である。江戸では相当量の酒が飲まれていたはずであり、実際、酒とともに食う蒲焼、すっぽん、仕出し弁当、寿司、湯豆腐などがテイクアウトや移動販売が隆盛だったことからもその消費量の大きさは想像できる。

 ともかく、あまり堅苦しく考えず、晩酌をしながら気楽に読むのが丁度よい本だろう。

紹介 ダーウィンの呪い

 

名著『招かれた天敵』を上梓した著者の渾身の作品。ダーウィンの伝記が描かれるものと期待していたのだが、内容はダーウィンのもたらした負の側面、優生学が多くを占めている。正直なところ、読んでいて暗澹たる気持ちにならざるをえなかった。生物学や統計学の巨人たちの背後から彼らの闇を照らすような本である。ダーウィン自身が優生学的な考え方に賛成だったことは有名であるし、ピアソンは統計学上の功績が取り上げられがちだが優生学を強く推進している。そういう側面は教科書にはほとんど情報がないので、その内容をここまで調べたことに驚かされる。その一方で、進化学者からは目の敵とされる、社会ダーウィニズムで悪名高いH.スペンサーには利用された者として同情的であるのは意外であった。どのみち、彼らの時代の後、あっというまに進化論はいいように利用されてしまったらしい。

 本書の興味深い点はラマルキズムに支配された社会で生じた進化論の背景を深く掘り下げているところだろう。教科書的には、ダーウィンが時代遅れのラマルキズムを闇に葬り去ったと印象付けられているが、実際はダーウィンも時代の人、社会に関しては進歩的世界観からは逃れられなかったこと(つまり、人類が無方向に進化するのを防ぐ手助けするのが正義)、またその背景が詳細に述べられている。この点は資料的価値が高い。

現代ではゲノム情報により人を選別する思想が起こっている最中であり、この点は近代の優生学が亡霊のようにまとわりついていることを警告している。いうまでもなく福祉施設の殺傷事件も根底は同じ思想であろう。社会的な不満が高まっており、進化思想が行き届いた現代では、逆にむしろ優生学な思想は生まれやすくなっているだろう。なぜなら社会から劣悪な遺伝子を除けばいいというのは、ダーウィン思想のもとでは誰でも飛びつきやすいもっとも自然な考え方だから。

紹介 青い壺

青い壺 (文春文庫)

無名の陶芸家が焼き上げた青磁が、たどり着く場所で様々な人間模様に出会う。こう書いてしまうと平凡だが、話のたびに舞台が大きく入れ替わるので読んでて飽きない。向田邦子と似ているところもある。私が面白かったのは後半の修道女、シスター・マグダレナの連話で、料理と信仰とピアノがドラマチックに重なり合い、最後は魂を揺さぶる結末を迎える。すぐに映像化できそうである(もうされているのか?)。

 なお、マグダレナは本人の洗礼名である。

紹介 「死んだふり」で生きのびる

 

死んだふりが捕食回避であることは古くから予想されていたが、いざ実証してみよとなると難しい。この問題に取り組んだ著者の研究の足跡を記したもの。楽しんで研究をしてきたことが伝わってくる。

 いまや岡大の「伝統芸」ともなった、死んだふりを長くする系統(ロング系統)と短い系統(ショート)の選抜育種の様子と、それにともなう繁殖特性の実験的進化が端的にまとめられており、ストーリーも明快で読みやすい。ゲノム解析や脳神経とからめてパーキンソン病との関係まで発展しており、「死んだふり」の研究がここまで発展するとは著者本人も思っていなかったという。

 さてしかし、言うは易く行うは難し。ショート系統はともかくロング系統はどんどん死んだふりをする時間が長くなっていくのだから、実際の選抜はとても大変だったのではないだろうか。何十世代も選抜するに足る遺伝分散を保ったままラボ系統を維持するのはどんな昆虫でもなかなか大変で、ハードワークであったことが伺える。また、死んだふりと生活史との関係(遺伝相関)があると大変で、例えば異なる方向への選抜系統で産卵数や発育などが違ってくるのでそれらを調整するのが悩ましい。こういう苦労は論文に出ないところなのでいろいろ考えさせられる。

 全体的には「材料の勝利」という点が大きいだろう。トリボリ以外の虫でやったらここまできれいなデータはとれなかったに違いない。メンデルも仮説検証に足る材料選びは大事だと有名な論文で言っているので、肝に銘じたい。