紹介 「死んだふり」で生きのびる

 

死んだふりが捕食回避であることは古くから予想されていたが、いざ実証してみよとなると難しい。この問題に取り組んだ著者の研究の足跡を記したもの。楽しんで研究をしてきたことが伝わってくる。

 いまや岡大の「伝統芸」ともなった、死んだふりを長くする系統(ロング系統)と短い系統(ショート)の選抜育種の様子と、それにともなう繁殖特性の実験的進化が端的にまとめられており、ストーリーも明快で読みやすい。ゲノム解析や脳神経とからめてパーキンソン病との関係まで発展しており、「死んだふり」の研究がここまで発展するとは著者本人も思っていなかったという。

 さてしかし、言うは易く行うは難し。ショート系統はともかくロング系統はどんどん死んだふりをする時間が長くなっていくのだから、実際の選抜はとても大変だったのではないだろうか。何十世代も選抜するに足る遺伝分散を保ったままラボ系統を維持するのはどんな昆虫でもなかなか大変で、ハードワークであったことが伺える。また、死んだふりと生活史との関係(遺伝相関)があると大変で、例えば異なる方向への選抜系統で産卵数や発育などが違ってくるのでそれらを調整するのが悩ましい。こういう苦労は論文に出ないところなのでいろいろ考えさせられる。

 全体的には「材料の勝利」という点が大きいだろう。トリボリ以外の虫でやったらここまできれいなデータはとれなかったに違いない。メンデルも仮説検証に足る材料選びは大事だと有名な論文で言っているので、肝に銘じたい。