紹介 家畜化という進化

 

 ダーウィンの『種の起源』は家畜や家禽の多様性の話で幕を開ける。私たちの最も身近にいる生き物として、家畜は多くの人が興味を持つ対象だろう。そのルーツを探る話となれば面白くないわけがない。

 意外にも、いろんな家畜をさしおいてキツネから話が始まる。ベリャーエフのキツネの選抜実験は実に見事なもので、野生のキツネを順従になるよう選抜したら犬のような垂れ耳や巻いた尻尾が出てきたという。また、逆に順従でない方向に選抜したら、少し近づいただけでうなったり飛びかかったりする系統になったらしい(こっちの選抜は本当によくやったと思う!)。ドブネズミにも同じような実験をしたそうで、順従さを選抜したらかわいいドブネズミになったようだ。著者の神経生理学のキャリアのおかげで脳の働きについて図説があるのはありがたい。

 この話のキーワードは自己家畜化というプロセスである。この言葉の定義は読んだ限りでは明示されていないようだが、野生動物が人間の居住区の近くに住むことで(例えば餌を求めて)、自ら人間への順従さを選抜されにいく過程を指しているらしい。このプロセスの中で、ある環境でしか現れなかった従順性が選抜され続け、常に発現するようになったという説を紹介している(表現型可塑性の進化、ボールドウィン効果)。この説の是非はともかく、地元の図々しいキツネやクマを思うとさもありなんと思う。ただそうすると、家にいる昆虫・クモ類はなぜそれほど家畜化されて広まっていないのか不思議であるが、肝心な「食べる」という点でそれほどの利益がないのだろうか。

 とりあげられている動物は、キツネ、イヌ、ネコ、ブタ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、トナカイ、ラクダ、ウマ、そしてヒトと多岐にわたる。簡略化した系統樹も豊富なので、ルーツや分類に興味がある人におすすめである。

 一方で、この本は少し難しい部分もある。表現型可塑性はともかく、ボールドウィン効果、遺伝的同化の説明はこれでわかるとはとても思えない(Wikipediaで調べちゃったよ)。もっとも前半の章では多少読み飛ばしても差し支えないだろう。

 また、最後の人間の自己家畜化の話ーーーつまり、人間が農耕や建築を通じて自分の環境を変えてきて野性を失う話ーーーはそれまでの動物の自己家畜化の話とずれているのではないか。少し言葉の定義があやふやになっていると感じた。

 個人的に私が一番不満なのは、昔の我が家のアイドル、愛らしい声のアイガモ(を始めとする家禽)が全く触れられていないことである。ぜひ続編があればこちらもお願いしたい。

 いやはや、本編と補足で約450ページ、註と引用文献100ページ(!)、大変な力作である。出版関係者には頭が下がる思いである。