文献メモ


Evolution of a Polyphenism by Genetic Accommodation

Yuichiro Suzuki* and H. Frederik Nijhout
Science 311:650 - 652
 すでにいくつかのHP(生物学・科学に関する雑感。,G-hopさん森長さんのページで紹介されていますが、面白いのでここでも少し紹介します(シロハラクイナさん文献ありがとうございました)。
 タバコスズメガの野生型の幼虫は温度条件に関わらず緑色の単型である。筆者らはこの幼虫black mutantを用いて、表現型可塑性の起源について考察した。black mutantは通常の温度(20-28℃)では黒色である。25℃/14L:8D*1で飼育した4齢幼虫に熱ショック(42℃/6h)を与えると、5齢幼虫は完全な黒色から緑色までの幅広い表現型を示す。筆者らはこれらの表現型に選抜をかけた。すると、熱ショックに対して緑色(野生型)になるように選抜されたラインは、表現型多型(polyphenism)を示すようになった(つまり、20-28℃で飼育したら黒色、高温で飼育すると緑色になる)。逆に反応のないように選抜をかけたラインはmonophenic(温度に関わらず黒色)となった。さらに筆者らは結紮(けっさつ)実験と塗布実験などによって、緑色を示す個体は、アラタ体から出るJH(幼若ホルモン)の量が多くなっているらしいことがわかった。
 筆者は閾値モデルを用いてこの結果を解釈している。ここでは筆者の主張を単純化して、体色変異の閾値は固定しているものと考え、ホルモン分泌量が変化すると考えよう(下図)。

 人為選抜によって、熱ショックに対するJHホルモン分泌量が変化したと考えれば説明がつく。すなわち、polyphenicのラインは、常温でのJH量が野生型に比べて少ないが、熱ショックに対して分泌されるJHの量が増えたと考えられる(図・下・"多型"line)。逆にmonophenicのラインは熱ショックによって分泌されるJH量が常温とあまり変わらないように選択がかかったので、全く色が変化しないようになったと考えられる(図・下・"単型"line)。野生型では、ホルモン量は当初からそもそも高いので、JH量に対する変異は現れない(図・上)
 このように考えれば、black mutantは、ホルモンレベルを閾値(上の図では「中間色」あたり)以下に引き下げることによって、通常は単型の表現型に可塑性を生じさせることができるのだ(これをgenetic accommodationと言うらしい?)*2。すると、いままで隠れていた二次的な形質(ホルモン量のコントロール)の遺伝的変異が表現型の変異として現れ、それに対して新しい選択圧がかかるようになるというのだ。すなわち、可塑性の起源は量的なものだという指摘である。
 可塑性の起源について、ホルモン分泌のデータから考察したのは初めてではないだろうか。私の能力では残念ながら実験手法の細部はわからないが、表現型可塑性の研究に対するひとつの方向性を指し示すものだろう。また、量的遺伝学の研究に新しい刺激をもたらすに違いない。
 
追記(個人メモ)
・genetic assimilation: Waddington (1953)*3の提唱。解説はLynch&Walsh本・Falconer本に。
・genetic accommodation: West-Eberhard, Developmental plasticity and evolution (Oxford Univ. Press, New York, 2003)参照。genetic assimilationは新しい変異をcanalizeする(環境の変化に鈍感になる)方向に向かうのに対して、genetic accommodationは環境の変化に敏感になる(上の例ではホルモン量の反応の増大⇒はっきりとした二型へ)。

*1:補足資料にそう書かれているのだが、16L:8Dだろうか?

*2:追記。多型ラインでは環境に対する感受性(ホルモン量の幅)が増大することによって二型がはっきりする。この二型がはっきりする過程(⇒可塑性の形成)こそが、genetic accommodationというようだ。追記も参照

*3:Evolution 7:118-126