紹介 ダーウィンの呪い

 

名著『招かれた天敵』を上梓した著者の渾身の作品。ダーウィンの伝記が描かれるものと期待していたのだが、内容はダーウィンのもたらした負の側面、優生学が多くを占めている。正直なところ、読んでいて暗澹たる気持ちにならざるをえなかった。生物学や統計学の巨人たちの背後から彼らの闇を照らすような本である。ダーウィン自身が優生学的な考え方に賛成だったことは有名であるし、ピアソンは統計学上の功績が取り上げられがちだが優生学を強く推進している。そういう側面は教科書にはほとんど情報がないので、その内容をここまで調べたことに驚かされる。その一方で、進化学者からは目の敵とされる、社会ダーウィニズムで悪名高いH.スペンサーには利用された者として同情的であるのは意外であった。どのみち、彼らの時代の後、あっというまに進化論はいいように利用されてしまったらしい。

 本書の興味深い点はラマルキズムに支配された社会で生じた進化論の背景を深く掘り下げているところだろう。教科書的には、ダーウィンが時代遅れのラマルキズムを闇に葬り去ったと印象付けられているが、実際はダーウィンも時代の人、社会に関しては進歩的世界観からは逃れられなかったこと(つまり、人類が無方向に進化するのを防ぐ手助けするのが正義)、またその背景が詳細に述べられている。この点は資料的価値が高い。

現代ではゲノム情報により人を選別する思想が起こっている最中であり、この点は近代の優生学が亡霊のようにまとわりついていることを警告している。いうまでもなく福祉施設の殺傷事件も根底は同じ思想であろう。社会的な不満が高まっており、進化思想が行き届いた現代では、逆にむしろ優生学な思想は生まれやすくなっているだろう。なぜなら社会から劣悪な遺伝子を除けばいいというのは、ダーウィン思想のもとでは誰でも飛びつきやすいもっとも自然な考え方だから。