紹介:読む・打つ・書く

 

 一言で言うと「本への偏愛」というところだろうか。こんなに本自体を語る本を見たことはない。本屋の平積みで、読む方法や書く方法について語られる本は多いが、それはテクニックを述べているだけで味気ない。しかし、本書は「息を吸うように」本を読み「息を吐くように」書評を書くことのススメだ。そんなことができるだろうか。その境地にたどり着くのは難しいが、私も読んだ論文や本をツイッターや本ブログでアウトプットすることは心がけている。大変な遅読遅筆ながら、論文の筆頭著者からリプライがきたときは嬉しかった。改めて、読んだもののアウトプットは必ずする気になった。流れるようにインプット・アウトプットができることは理想の境地だろう。ランダムに読む(乱読)の部分は非常に共感する。

 そしてもっとも肝心な最終楽章の「書く」で氏は読者の背中を押す。貴方も本を書きたくなってきたでしょう?と。それは確かにそうだが、同時に氏の圧倒的な執筆ペースにたじろぐ。2ヶ月でこの文章を執筆することはなかなかできない話である。いったん手が止まると再開するのにものすごいエネルギーを消耗することを研究者なら誰でも知っている。どうすればいいのだろう。

 本書は分厚くて内容が濃いわりには(氏には「薄いでしょう?」と言われそう)、とても読みやすい。これは目次に沿って構造的に「構築」されているからだろう。そのため、氏の博識に振り回されても、間奏で落ち着いて次の楽章に進むことができるのだ。この点も参考にしたい。

 少し意外だったのは、氏が自分だけのために本を書いているとしている点だ。多くの研究者は誰かを啓蒙しようとして本を書くのであり、自分のためだけという人は少ないはずだ。自分のためだけでいい、という姿勢は論文を書く際には得てして嫌われる態度だ。多くの経験を積んだ人の書くものは自然と他人にとっても評価しうるものになるということだろうか。自分のために書くのに評価を調査しているというのは少し不思議な気がする。

 蛇足ながら、文中にあるソーバーの「過去を復元する」は院生時代、あまりの難しさに挫折した記憶がある。その舞台裏の苦労も書かれていて面白かった。