紹介 武器を持たないチョウの戦い方

 

 実験材料としてチョウはとにかく難しい。行動圏が広いから野外では継続的に研究できないのが普通である。たいていの人はモンシロチョウやイチモンジセセリなど観察がしやすいものを使うところだが、筆者はあえて樹林に赴き野犬と闘いながらゼフィルスの行動を追いかけるという並々ならぬチョウへの思い入れがある。自身の経験から、研究の秘訣として十分な予備観察や下準備の重要性を説いている。

 さて、この本の真髄であるゼフィルスのオス同士の「争い」を説明する「汎求愛説」であるが、私も学会で発表を伺ったときあまり理解できなかったことを覚えている。というのも、内容はあまりにあっけないもので、この議論は・・・成り立つのか?と感じたから。もっとも、それは多くの研究者も同じだったみたいである(p.188-)。

 チョウには武器がないので従来の持久戦モデルは使えない。汎求愛説の肝はひとことで言うと、オスは相手の性別がわからず、飛んでいるオスにもメスにも見境なく求愛することである(p. 173-)。相手がメスならば交尾に至るだろうが、オスの場合はいつまでも交尾に至らないのでお互いの周りをクルクルといつまでも飛びつづける。これが「縄張り争い」の正体である、と。

 私が理解できなかったのも無理がない。縄張り争いはそもそもなかったという「珍説」がすぐに受け入れられるはずもなく、論文もリジェクトを重ねたという。長年のフィールドワークの経験を凝縮した上で、「オッカムの剃刀」によって余計な要素を削ぎ落とし、ここまでシンプルな説にするプロセスには爽快感を覚える。

 

 なお、私の担当する専攻の野外実習の時、著者も偶然植物園にいたらしい。ここは父方の出身地らしいが、かくも虫屋は神出鬼没であると思った。