男の隠れ家を持ってみた

男の隠れ家を持ってみた (新潮文庫)

男の隠れ家を持ってみた (新潮文庫)

煮詰まったら、知らない街で部屋を借りてみる。
実際にやりそうでやらない手だ。

「ひとりでゼロから人間関係を作ることができるかどうか、試してみたいんだよ」
 妻に呆れられながらも、部屋を借りたことをなんとか納得させる。
 
 隠れ家のちかくの喫茶店のモーニングを食べて店を出たあと、通勤客を横目に見ながら、
「この人たちと知り合うにはどうしたらいいんだろう。いまのところ、ぼくにはその方法がさっぱりわからない。」
 という、当たり前のことに気づくのである。いいなあ。こういうの。

 結局、10ヶ月程度の滞在ではなにも大きなことは起こらない。淡々とした日々の描写が続く。小規模かつ一時的なゆらゆらした人間関係(というにはあまりに希薄なもの)を経験するわけだが、ときにはパチンコオヤジの一言に心を揺さぶられる経験もする。最終章で人の心に触れて涙する場面もいい。

 北尾トロのラインナップの中では傑作とはいかないまでも、地味に味わい深い作品だと思う。


今日のひとこと

根拠はないけれど、東京の北側の街は、ぼくみたいな半端人間を心優しく受け入れてくれそうにない代わりに、拒絶もしなさそうなイメージだ。