自分へのご褒美

「紅葉を見に行こう!」
ということで、寒風山の近くの温泉に行く事にした。週末で宿はどこも空いていないのが少々残念ではあるが、紅葉に温泉はよい組み合わせだろう。

 途中の国道沿いに細い側道があって「↑ 5分で秘境」と書いてあるのを僕は見逃さなかった。

「秘境」である。
私の好奇心をくすぐるには十分すぎる。
しかもどうやら温泉もあるらしい。
予定していた国道沿いの温泉なんて当たり前すぎるし、うまく先で道がつながっていれば温泉のダブルも考えられる。これは行くしかない。

 集落を越えて、道はどんどん細くなっていく。
 駐車場みたいなところに出たが、でかでかと老人ホームの看板が出ていたので、まさかここじゃないよなあということで先に進む。
 道はだんだん細くなり、軽自動車がようやく通れるような細さになっていく。
 左は岩壁。右は断崖絶壁。転落したら助からなさそうだ。柵もない。緊張する。ハンドル操作を誤ったら一巻の終わりだ。
 ナビを見ても道はない。バックで引き返すこともできない。
 私は震えがきて、もう帰ろうと思った。
 ほんの少し広くなっているところで転回しようと苦闘していたとき、若い姉さんの運転する自動車がすれ違っていった。

 男はプライドの生き物である。女性に負けるのは非常に悔しいことである。
 先の見通しはないが、転回はやめてとにかく先に進むことにした。
 そこから先はあまり記憶がない。ガケから落ちないように運転する緊張と「なぜ俺はこんなことをやっているんだ」という思いが交錯していたのだろう。
 結局、先の見通しがないので引き返したのだった。
(あとで地図を見たら、途中で道がなくなっていたので、引き返して正解だったと思う。つっきろうとしていたらきっと後悔しただろう)

 さっきの駐車場に戻って車を停めると、そこが温泉への入り口だった(看板が小さすぎる)。
 つげ義春のマンガに出てきそうな、ひなびた温泉宿で、たしかに秘境だ。橋の上からの渓谷の眺めもすばらしかった。1時間も車を走らせていたので、非常に達成感があった。(本当は5分で着いていたのだが)
 イワナの釣り堀があった。
 これはいい、ということで釣りをすることにした。
 「この魚はなんですか」と店の婆さんに聞くと「ニジマスですよ」という。
 なんだ。イワナじゃなかったのか。しかし、もう申し込んでしまった以上、後にはひけない。
 「釣った魚はすべて買い取りです。100g350円。釣った魚をリリースするのは堅くお断りします」
 とか、いろいろ注文が多くて閉口した。6匹釣れた。西日がきつくなった。

 温泉はなかった。
 どうやら予約した人だけで、日帰りはお断りらしい。
 僕はすっかり疲れてしまって、そのまま帰ることにした。

 
 紅葉は全然まだだった。
 考えてみたら北国でも10月下旬だから、いくら山の中でも早すぎるというものだ。
 最近どうも力が入りすぎて歯車がズレている感じだ。


 紅葉といえば、以前は12月の半ばに見に行って枯れ枝だけ見て帰った。今回は早すぎて外した。紅葉を見るのは難しいものである。