1時すぎ、実験も一段落して「さあメシだ」というときに身内からヒステリックな電話がかかってきた。鍵を持たずに出かけたら、その間に家の人が全員外出して閉め出されたのだという。
 
「家に帰ってきてドア開けて」
 
 頭の中で何かがブチッといった。
 
「これから30分したら家具屋さんがイス運んでくるから、その前に。おねがい」
 
 私は歩いて30分かかるところを走って戻ることになった。
 
 農学部の建物を出て最初にカサを忘れたのに気づいた。外はこの時期めずらしく大雨だったのだ。ええい、ままよ、ということで走りだしたが、100mもしないうちにずぶ濡れになってしまった。
 
 つぎは12条生協の前あたりで、試薬を冷凍庫から出しっぱなしだったのに気づいた。あとで後輩にしまってもらおうと思った。
 
 そして、たどりついた家の前で致命的なことに気づいた。
 
 「鍵忘れた・・・。」
 
 大学の机に置き忘れてきたのだった。
 結局、物置から脚立を出して屋根に上って窓から侵入帰宅した。脚立を発見してから扉を開けるまで数分。身内は目を丸くして「すごい!すごい!」とほめてくれた。自分の新たな才能を見つけてしまったかもしれない。
 怪しまれないように、「この家の者です」とアピールするつもりで屋根の上でコートを脱いだのだが、どの程度の効果があったかは疑問である。
 大学に戻る元気はなかった。イスは予定時刻を大幅に越えて届いた。