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不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か (新潮文庫)

不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か (新潮文庫)

 米原万里の作家としての処女作。ロシア語同時通訳として活躍する彼女の舞台裏を紹介した面白いエッセイ。私は以前から、同時通訳の頭の中はどうなっているのだろう、と興味を持っていたので、この本は大変面白く読めた。同時通訳者のタイプは「逐語訳」や「意訳」など様々なパターンがあることも初めて知った。また、通訳者は決して発言者の文字通りに訳すのではなく、相手に理解できる形に変換していることもこれで知った。また、ときどき織り込まれる自身や同業者の失敗談が笑いを誘う。たとえば、「人のふんどしで相撲を取るな!」と怒った日本人の言葉を「他人のパンツでレスリングするな!」と訳してしまってキョトンとされた話などは抱腹ものだ。
 面白いだけではなく、「国際人」を目指す知識人が自身の子供に英語ばっかり教えることや、日本語をないがしろにすることに対する痛烈な皮肉もある。最近の日本語本に見られるような、学者が言葉尻の揚げ足を取ってばかりいるのではなく、豊かな実践経験に裏打ちされている内容なのでだいぶ面白い。
 強いて揚げ足をとれば、読点(、)の打ち方にやや難があり、また以後の作品よりもまだ文体がこなれていない感じを受けたことくらいか。しかし、おもしろさを考慮すれば全く些細な点である。