紹介 図鑑を見ても名前がわからないのはなぜか?

 

 自分の専門でも「なんとなくこうだから」という説明をせざるをえないことがある。学生と一緒の野外採集で「こういうのはいかにもEotetranychus」とか言っても、学生からすればチンプンカンプンであろう。どうしてもうまく言語化できない。

 この本では、実際に図鑑をひいてみることで「目ができて」、それまで同じように見えていたシダが違って見えるようになったことが序盤で書かれている。この本の読者は生物好きな人が多いだろうから、「あるある」と感じるところがあるのではないか。図鑑を二冊使うのがおすすめというのも参考になった。

 5章ではハエトリグモハンドブックへのこだわりが書いてある。M修了後に当時の既知種105のうち103を撮影とは恐れ入った*1。執筆したハンドブックでは場所ごとに分ける工夫がしてあり、家の中なら大胆に3種に限定しているらしい(持っていません!)。いわれてみれば、珍しい色や形の虫を発見したときはどこで見たり採ったりしたというのが一番印象に残っている。そこに注目したのはいい点だと思った。クモは指標動物にもなるくらい環境条件との結びつきが強いからできることだろう。そのぶん、ハンドブックという性質上、分類体系との一貫性を犠牲にするのはやむをえないだろう。植物図鑑でも、採取場所や葉の形や付き方に注目した本のほうがわかりやすい。「これはムクロジ科だけどなんだろう」という人はハンドブックはひかないだろう。

 この本の白眉は第6章だろう。全く未知の虫をポンと出されて、それを実際のキー(検索表)で同定するという「苦行」の追体験をすることになる。このプロセスを楽しめるかどうかで素養があるかどうかが決まると思う。私は「誤植です!」のあたりで絶対に投げ出すだろうなと思った。「解脱」に至るまでの道は遠そうだ。

 さて、びっくりされるかもしれないが、私が材料としているハダニ属の検索表は未完成で、近縁種を毛の相対長(たとえば胴背毛AとBの起点間の距離よりAが長い)で見分けるしかない。これだとプレパラート標本が乾燥して縮退すると種が変わってしまう(!)のだが、他に決定的な違いはない(少なくともユーザーにわかりやすいようには)。だから、検索表があるといっても「なんとなくこうだから」というのと実はあまり変わらない状態なのである*2。昆虫やクモのように変異が大きいのが羨ましい。

*1:ダニ類は日本産のハダニ科だけでだいたい100種程度なのでクモは意外と少ないのかと感じた。それでも大変さには変わらないが。

*2:非難しているように聞こえるかもしれないが、私が共著者である。