ある漫画

 家庭教師が本嫌いの少年に薦めた本の名前は、それだけで少年をわくわくさせた。少年はその本の名前を聞いてから、授業中でもその内容を妄想せずにはおれないのだった。

南北戦争前のアメリカ、奴隷制のまっただ中、黒人のジョーは南部の農園に生まれた。腕っぷしの強いジョーは斧で木を切り倒すのがとても早く、いつしかアーム・ジョーと呼ばれるようになった。ジョーは世界一の木こりになることを夢見るようになる。
 だが、白人地主の奴隷への仕打ちは日毎に苛烈さを増し、ジョーは反発して脱走する。追手に襲われて虫の息のところを、丘の上の親切な老人に拾われる。ジョーは老人のために一生懸命尽くし、幸せな日々を送るようになった。腕っ節の強さからジョーは世間から注目されるようになり、一躍名声を獲得するのだった。
 だが、そんなジョーの幸せも長くは続かなかった。名声を得たジョーのことを元の雇い主の地主は快く思わず、公衆の面前で赤っ恥をかかせてやろうと企んだ。「所詮黒人は黒人。それ以上のものであってはならんのだ!」
 地主は老人に因縁をつけ、ジョーと大木を切り倒すタイムを競う対決を挑んだ。卑劣な地主は、木を切り倒すのにチェーンソーを使うという。さらにジョーが負けたら地主のもとに帰る約束を無理矢理とりつけられてしまった。彼のもとに戻ればひどい目に逢うのは目に見えている。
「すまない、ジョー。彼には抵抗できない」と嘆く老人。「絶対無理だ。機械なんかに勝てっこねえ。俺たちは逃げ続けるしかないんだ。」という周囲の声。だがジョーは「最高じゃないか、文明が相手だなんて」と、チェーンソーとの闘いを受けて立つのだった。
 対決の日、ジョーは一歩も引かずに立派に闘った。観衆はジョーの闘いぶりに興奮して応援の声をあげる。「アーム・ジョー!」「アーム・ジョー!」その声は高らかなうねりとなって会場を包み込む。ジョーの斧は命を吹き込まれ、ますます威力を増し、額からは汗がほとばしる。肉体の限界の中で彼は叫ぶ。

 「神よ、力を!!!」



 ・・・結局、ジョーは機械には勝つけど、その場で死んじゃうんだ・・・。)

 少年は、学校の帰り道、本屋さんに駆け込んだ。
「おじさん!注文した本、届いてる?」
「ああ、もちろんさ。本当にいい本なんだぞ。」


差し出された本のタイトルは、



『ああ無情』

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(少年は『ああ無情』を『アーム・ジョー』だと思い込んで、ぜんぜん違う話を妄想していたというオチ。)



 『レ・ミゼラブル』の映画を年末に観た。感想は書かないが、どうしてもこの漫画が思い出されるのである。活字ではなかなか面白さが伝わりにくいのが残念である。(詳細は忘れたので適当に補っている)