アカハラをする教授を免職

ttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041126-00000001-mai-soci
 学部生・修士の人がこの日記を見ているとすれば、その人たちに言いたいのは、尊敬できる教官のいる研究室を選べということ。この記事にある教授ほど極端ではないにしろ、院生の研究意欲を阻害する教官は多い。私は博士を一年やってから他の研究室に移ったのだが、その理由のひとつとして教官が信頼できなかったことがある。願書など書くたびに、中途半端な時期に移籍した理由を説明するのに苦労する。経歴欄に目を通す人は必ずその点にひっかかるだろう。だから、途中から研究室を変えることは社会的に損がある。
 できるだけ情報収集・研究室訪問をして、はじめから信頼おける先生を選ぶべきだ。また、教官に関して変な噂のある研究室は選ぶべきではないと思う(入ってから表面化するだろう)。私はこれらを怠ったために損をしたと感じている(取り戻しつつあるとは思っているが、ビハインドは否めない)。もし今教官のせいで苦しんでいる人は、そんなところからは逃げてしまうか、信頼おける人たちと一緒に直接交渉するか(絶対ひとりでアクションを起こしてはいけない)、大学のアカハラ専門機関に訴えるべきだ。
 もう既に苦しんでいる人へ・・・「コンコルドの誤り(Concord fallacy)」という言葉がある。巨費をかけて途中まで完成したコンコルドがあるとする。現時点では収益はなくコストが増えていく。しかし完成すれば収益はぐんと伸びてコストを上回ると思われる。しかし完成するまでには更に莫大なコストがかかる。さて、開発を続けるべきか、ここでうち切るべきかは深刻なジレンマである。実際には開発は続けられ、結局コンコルドは金食い虫に終わった。研究が半分すすんでいる状態で、コスト(教官の問題)がある状態は、似たようなジレンマ状態だと思う。ただし違うところは、教官に問題があるなら、研究が大成功した場合にもらえる正当な「収益」があるかどうかはかなり怪しいという点である。
 ただ、そうはいってもいったん研究が始まってしまうと抜けにくい。だから早めに、残るか出るか態度を決めるべきだと思う。ちなみに、教官に苛められている人がよい成果を出した例を私は知りません。